2006.09.15

突出した特性は必ず何かを犠牲にする「零式戦闘機」

 今日のお題は吉村昭「零式戦闘機」です。太平洋戦争で日本海軍の主力戦闘機だった「零式艦上戦闘機」、通称「ゼロ戦」の開発秘話と、戦争初期の活躍、そして悲劇を描いた作品です。日本の誇る傑作機であり、戦争序盤ではまさに無敵を誇った機体ですが、その開発の裏側には多くの困難があったことが示されています。

 この零式戦闘機は格闘戦性能・航続性能を重視するあまり防弾性能や機体強度を犠牲にするなど、活躍の裏には大きな技術的割り切りがあったことがわかります。戦争後半ではこれが災いし、熟練搭乗員の不足もあって劣勢に追い込まれていく悲劇が描かれていました。

 突出した特性は必ず何か他の性能を犠牲にするというのは技術的な事実。工業製品においては、飛び抜けていることが必ずしも正解ではないということでしょうか。


日本の誇る傑作機の栄光と悲劇

2006.05.18

伝説の始まりでもあり、破滅への序章でもある「海の史劇」

 中国出張に持参したのが吉村 昭「海の史劇」です。この作品では日露戦争、特に戦争の終わりを決定づけた日本海海戦を中心にしたものです。ただ、前半はロシアのバルチック艦隊が地球を半周してアジアを目指すところ、中盤では旅順攻略に難儀する陸軍の様子も示されているため、むしろ戦争中盤から後半にかけての闘いを大きなスケールで描いたものといえるでしょう。

 これを読むと日本海海戦で日本海軍が圧倒的な勝利を収めたのは、ただの偶然というわけではなく、緻密な作戦と些細な幸運でによるものであったと思えます。確かにまともにぶつかれば勝ち目のない闘いでも、緻密な戦略とそれを全力で実行できれば、予想を覆すことも不可能ではないということでしょう。

 ただこの結果、戦争に勝利したとは言うものの日本が得たものはあまりにも少なく、関係国全てが不幸の道へと突き進んでしまったのはなぜなのだろう。


これは伝説の始まりであると同時に、破滅への序章でもあったのだ。

 この四十年後に日本海軍が壊滅することを考えると、この闘いは伝説の始まりであると同時に、破滅へ向かう第一歩だったのでしょう。冷静に自分たちを見つめることができず、根拠のない自信で強引に進んだ結果が、この先には待っているのです。

2006.04.21

感傷なき物語「戦艦武蔵」

 昔、読んだことのある本です。吉村昭「戦艦武蔵」。これは一種の戦記物といえなくもないですが、前半はその建造に尽力した技術者の苦闘を描いた点で、単にそういう枠に収まらない作品といえるでしょう。前半は超機密兵器である「武蔵」の建造の秘密を守るための軍・官・民間の知られざる苦闘が描かれます。後半、実戦配備されてからの軌跡を描いた部分は、戦争の悲惨さが淡々と描写されているのが却って不気味です。同型艦である「大和」に比べてあまり知られていない二番艦「武蔵」ですが、期待に報えなかった悲しい生涯が描かれています。

 彼らが守ろうとしたのは"日本"...。それから60余年、「国を守る」とは何なのか、現代の"日本"と対比すると正直考えなければならないことは多いと思います。


戦争の悲劇は、その道具を造る技術者にも存在する。

2006.04.19

知られざる挑戦「高熱隧道」

 吉村昭はいわゆる「近代の歴史小説」において、その才能を発揮していると思います。その中で、知られざる闘いを描いた作品のい一つが、この「高熱隧道」でしょう。これは太平洋戦争の前、黒部川第三発電所の建設に尽力した技術者の物語です。戦争に向かい来るべき電力需要の向上に備えるため、日本最後の秘境である黒部川上流の自然に挑むトンネル技術者たちの挑戦を描いた作品です。技術者の前に立ちはだかるのは、黒部の強烈な自然の力。機械の導入を阻む地形、100℃を超える岩盤の熱による爆発事故、泡雪崩による作業員宿舎の倒壊...。それを成し遂げた時、主人公たちが感じたものとは?

 困難に挑戦し、成し遂げた向こうには、幸福があるとは限らないということをこの作品は教えてくれます。


多くの犠牲の上に、プロジェクトは成り立っている。